【第10回】 水野幸夫氏(プレス金型工 豊田自動織機)
「仕事はやり遂げなければという責任感だけでやってきたまでです」
第10回は、2009年度秋の褒章で「黄綬褒章」を授与された豊田自動織機の水野幸夫(みずの・ゆきお)さんです。水野さんは愛知県出身の1949年6月生まれの60歳で、品質保証を含めて同社の金型製作の第一人者です。65年4月豊田自動織機に職業訓練生で入社、66年4月自動車製造部プレス金型課プレス金型仕上げ、85年2月工機部製造課プレス金型組長補佐、89年1月同・プレス金型組長、95年2月同・プレス金型工長、98年1月工機事業室型技金型品質管理ワーキングリーダー、2007年1月同・型保証グループなどを経て、08年11月から同・型技術室プレス計画グループ工程整備ワーキンググループチーフエキスパートです。また、水野さんは1966年企業内職業訓練所技能競技会で仕上げ技能成績優秀表彰、同年の年間成績優秀者として社長表彰、72年技能検定優秀作品評会で治工具仕上げ作品優秀者表彰、96年優良従業員表彰で愛知県大府市商工会会長賞、2003年自動車プレス金型工で愛知県優秀技能者など、数々の栄誉を受賞され、08年11月には同年度の「現代の名工」に認定されています。
■今秋の「黄綬褒章」受章で2年連続の栄誉に輝く
どこからか、演歌が聞こえてきそうな雰囲気もある水野幸夫さん。たとえば、大正琴のイントロに乗って始まる村田英雄が歌った「人生劇場」なんかが、似合うかも知れない。仕上げ見習いから金型製作一筋に打ち込んで44年。昨年6月に“アラ還”(アラウンド還暦)を迎えた水野さん。今秋は、金型製作を通じてコツコツと積み上げてきた数多くの功績が高く評価され、「黄綬褒章」も受章。昨秋の「現代の名工」認定に続き、2年連続の栄誉に輝いた。「私なんかが、頂いていいのかな」。グッと喜びを抑え込んでいる水野さん。やはり、演歌の世界が似合いそうな人である。
実家が農家の水野さん。7人兄弟で兄3人姉3人の末っ子。「子供の頃から農機具やクルマなどの機械に囲まれて育ちましたね。農機具に隠れてかくれんぼをしたり、時にはエンジンなんかを分解したりして遊んだものです。もっとも、その頃は壊す方が多かったけれど」。といって、その頃、将来はものづくりの世界に「どうしても就きたい」という強い意思はなかった。長男は農協に勤めながら実家の農業を継ぎ、次兄は豊田自動織機に勤めていて、どちらかといえば、水野さんの“15の春”はむしろ、車の整備士に「進みたい」と考えていた。
■次兄と同じ「ものづくり」の道へ
それが一転して、ものづくりの世界へ。「親戚に他の自動車部品メーカーに勤めている人がいて、『うちの会社に来ないか』と勧めてくれましてね。でも、それなら、次兄が勤めている豊田自動織機の方がいいのではと思って」。そこが人生の微妙なあやのようである。「結果的に、次兄と同じ道を歩んでいましたね」と、水野さん。1965年4月、次兄と同じ豊田自動織機に職業訓練生として入社、ものづくり人生の第一歩を踏み出した。
同期の訓練生は、愛知県出身を中心に43人。訓練期間は1年間。治工具仕上げをはじめ、機械、鋳物、板金などに分かれて、座学と実技の基礎技能を学んだ。水野さんは、金型仕上げ部門。やすりがけなどの実技はもちろん、コンパス、ハンマー、タガネなどの工具も自分で作り、金型製作のイロハをみっちり叩き込まれた。水野さんはその訓練生時代に優秀な成績を修め、卒業時には「年間成績優秀者」として社長表彰され、一目置かれる存在に浮上したのである。
■“いっこく者”が集まる職場で鍛えられて
卒業後、配属されたのはプレス金型仕上げ部門。「鉄は熱いうちに打て」とばかりに、水野さんは人間的にも、技術的にも徹底的に鍛え抜かれたという。「職場には『いっこく者』(一徹者)と呼ばれる先輩が多かったですね。つまり、仕事のできる優秀な方ばかりが集まっていまして、それだけに仕事には厳しい職場でした。でも、指導が的確だったので、振り返ってみると、技術や技能を磨くには、最高の職場でしたよ」。配属から6年目の72年11月、水野さんは初めて技能検定「2級仕上げ技能士」に挑戦。もちろん、合格。技能磨きに弾みをつけるきっかけになった。
一般的に、自動車のドアなど大型のプレスは、一枚の鉄板からさまざまな型を塑性成形する「絞り工程」、不要部分を切ったり、穴開けの「外形工程」、周りなどの折り曲げを行う「曲工程」の3工程からなっている。このため、プレス品の不具合現象(イラスト参照)には、(1)曲げなどの成形後、金型から離れる際、弾性回復などによる元の状態に戻ろうとする「スプリングバック」 (2)成形後金型から離れる時に、弾性回復と残留応力のアンバランスで発生する「ネジレ」 (3)縦壁などを絞り成形する時に材料が金型のR部分を通過する際、残留応力による「ソリ」などがあって、これらを克服して「自分に納得ができる製品が作れるようになるまでに10年以上はかかりましたね」と、水野さん。
「資格は、実際の仕事の上に反映されて当然だ」という職場だから、「資格を取得したからといって、それに見合った仕事ができなければ一人前とは認めてくれませんでしたね」。資格の内実が、実際の仕事面から問われる職場だった。「で、鋳物の『砂おとし』をはじめ、けがき、やすりがけなど、基本的な技術や技能は何度も、反復練習して身につけてきました。それでなければ、職場では一人前じゃないですからね」。そんな地道な努力を積み重ねながら入社13年目、2級仕上げ技能士合格から6年目の78年10月に「1級仕上げ技能士」に挑戦、見事、合格。さらに、93年3月には「特級仕上げ技能士」にも合格。水野さんは名実ともに、同社の金型製作の第一人者としての地歩を固めた。
■トヨタの「品質管理優秀賞」を10年連続で受賞の快挙も
「勇将の下に弱卒なし」。こんな諺を地でいく"金字塔"を水野さんは打ち立てる。一途な努力が実を結んだ真骨頂の一つでもあるのだ。品質保証部門の総監督としてトヨタ自動車から10年連続で受賞した「品質管理優秀賞」が、それだ。始まりは81年の1車種総発注を開始したトヨタ自動車の精度確保の難しい高張力鋼板部品「シャシー構成部品」のヒネリや、スプリングバックなどの難問を解決した案件からだ。
そこでは、金型製作方法をはじめ、品質の作り込み、ノウハウなど、これまでに培ってきた技能や知識を動員して、スプリングバック、ヒネリなどの難問を相次いで克服。それを突破口に、次々と金型改善、新工法の開発などへと発展させ、トヨタ自動車から10年連続で「品質管理優秀賞」を受賞し続けるという快挙をやってのけたのである。「いやいや私は下積みが長かかったから、与えられた仕事をやり遂げなければという責任感だけでやってきたまでですよ」と、一笑に付す水野さん。
この賞はトヨタ自動車が設備の仕入れ先に対して品質を評価する賞で、年初に同自動車の購買部門から評価項目と期待値が示され、年度末の各評価項目を集計し、ランキングを決める。評価項目は日程遵守率/原価/品質などで、その品質項目はトライアウト中断、製品精度合格率(金型で成形したプレス品を製品データとの差異を三次元測定器などで数百ポイント測定し、規格値に合致している率)で評価される。
■最も重視した指標は製品精度合格率など「品質」
この中で、水野さんが最も注意を払った指標は「品質」。決められた生産準備日程の中で、「製品精度合格率をいかに達成するか、さらにはトライアウト中断なしをどう実現するか、をグループ全員の合言葉に取り組み組ました」と振り返る。ちなみに、トライアウト中断は完成した金型を作り込み生産ラインに持ち込み、量産性や品質などを総合的に判断する場面で重大欠陥により、全ての評価ができずに終わってしまう最悪のケースだ。これらをチーム全体の力を結集して克服したところに、10年連続受賞という快挙の原動力があったのだ。いうまでもなく、それは水野さんのリーダシップによるところが“大”だ。
「最近、職場の同僚らからやさしくなったといわれるようになりましてね。ということはこれまで、職場ではきつかったのかな」。照れ笑いを浮かべる水野さん。このところ、8年前に工房を自作して本格的に始めた天然木を利用した木工品づくりにも凝っているという。「近くに住んでいる2歳と5歳の孫に木工品の玩具や、子供椅子なんかを作ってやると、喜んでくれてね。木工品づくりも、楽しみになってきましたよ。最近は、社長や工場長にも黒檀で作った自作の耳掻きを差し上げました。それに、ベランダ、フェンス、テーブルなども作っていますよ」。ものづくりへのモチベーションを保ち続ける狙いからも、木工品づくりに励む水野さん。根っからのものづくり大好き人間なのかもしれない。
■「切干やいのちの限り妻の恩」
今秋、水野さんは休暇を取り、長年支えてくれた奥さんと二人で北海道へ2週間のドライブ旅行に出かけたという。
「切干(きりぼし)やいのちの限り妻の恩」(日野草城)。
水野さんから話を伺っていて、こんな句が浮かんできた。俳人の茨城和夫さんは「句の菜時記」の中で、「作者の日野草城が“切干”という庶民的な季語を前面に出して妻のやさしさ、あたたかさを詠んだ句ではないか」と評していて、水野さんとも重なる面も。
そういえば、冬の風物詩の一つに数えられる「切干大根」。かつては、刈谷市など愛知県三河地方を代表する全国的に有名な特産品の一つだ。水野さんは「余談ですが」と前置きして、「実は花切干は、近隣では私の祖父が始め、中学生の頃は父も大根を干して作っていました。そして、専用の機械で切る商売もしていましたね。でも、最近は(大根を)丸のままに干すのは見かけなくなりました」と、懐かしそうである。三河地方はまもなく、冬本番の季節を迎える。
