JAPIA ものづくり紀行

【第15回】日ピスものづくり学校(日本ピストンリング)

"競争力強化"を念頭に「ものづくりを教えることのできる人材育成」

pht_no15_1.jpg第15回は、日本ピストンリングの「日ピスものづくり学校」です。同校は2010年4月、日ピス岩手一関工場に開校され、学校方針に「ものづくりを教えることのできる人材育成」を掲げ、中堅技能職社員の人材教育に取り組んでいます。ここでは、6カ月間の全寮制を採用し、実践的な技能教育を中心に据えて、意識改革を含めた「導入教育」をはじめ、「ものづくりの基礎知識」、「改善のための基礎知識」、「改善手法の習得」、「マネジメント知識の習得」など、基礎から応用まで各段階を踏んで展開されています。また、受講期間中には技能レベルの向上を実感させるため、普通旋盤作業3級など各種公的資格の取得に挑戦します。今春は学校のある日ピス岩手一関工場が東日本大震災に見舞われ、建屋など同工場の一部設備が被災するなどの事態に直面しました。このため、受講生は生産ラインの確保、機械設備のズレ修復など一連の工場復旧作業に加わり、「生きた教材」として活用したといいます。この7月には二期生6人が卒業し、卒業生は一期生を含めて13人を数えます。今秋には三期生を迎え、卒業生のその後のフォローアップも課題に浮上しています。今回はこれまでの「現代の名工」シリーズに加え、ウイングを「人材育成」にも広げて日ピスものづくり学校にスポットを当てました。

■「結局は、人なのですね」

「ものづくりを教えることのできる人材育成」を学校方針に掲げる日ピスものづくり学校。一言でいえば、「教えることのできる」に力点を置くものづくりの中核を担う技能者の育成ということになろう。国内外で企業間競争が激しさを増すものづくりの世界。その中で、企業競争力をどうつけるか。「結局は、人なのですね」。同学校の理事長も兼務する副社長の森秀文さん。開校から2度目の秋。日ピスものづくり学校は、試行錯誤の助走段階を経て、いよいよ本格展開の季節へとエンジン全開だ。

まずは、ちょっと"いい話"から。「先日、卒業生から電話がかかってきましてね。暫くやりとりした後で、『ものづくり学校はどうだった』と聞いたら、『始めはどうして、自分が(ものづくり学校で)勉強しなくてはならないのか抵抗がありましたよ。でも、今は勉強して良かったと素直に思っています』と答えてくれて……」。教え子との間で信頼関係が育まれている例証だろうか、自然と顔をほころばせる校長の藤井享さん。ものづくりの専門家というよりも、今や、すっかり"校長先生然"とした雰囲気がある。

1000年に一度ともいわれる東日本大震災から半年。「あの日はたまたま岩手県に出張中でした。大地震に遭遇したのはちょうど、一関工場にいた時です。グラグラと強くて、大きな揺れがきて、さすがに工場の外に出ました。社員の皆さんも外に避難していましたね。で、1時間くらいして余震がほぼ治まったので、工場の中に入ったら、建屋のほかに機械設備の一部が損壊していましてね」。今もなお、あの日の記憶が生々しく蘇ってくるという森秀文さん。

■「百聞は一見に如かず」
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「びっくりしたのは翌日です。朝から工場の復旧作業が社員らの手で始まっていたからです。製造業はどこもそうだったと思いますが、うちの工場の状況を見ていて、やっぱり製造業は凄いなと再認識しました。だから、現場力をさらに強化するためにも、ものづくり学校を開校した意義があったな、と痛感しましたね」。長年、銀行や証券の金融業界で役員など、重責を歴任してきた森さん。自身が一関工場で目撃した素早い工場の復旧作業に製造業の現場力の"強さ"というか、いざという時の"底力"――に、ことわざの「百聞は一見に如かず」の世界を実感されたのかもしれない。

そんな現場力強化の一翼を担う日ピスものづくり学校。同校が日ピス岩手一関工場に開校したのは、2010年4月。その理由は ①国内外での生産現場の改善力強化 ②世代交代に伴う技術・技能の伝承などからだ。構想から開校まで半年の時間がかかったという。森さんをはじめ、藤井さん、教頭の川合隆文さんの3人を中心に、同社の総務・人事教育担当者らが加わり、開校に向けて知恵を絞ってきた。まず、取り組んだのはこれまでの同社の一連の人材教育の検証だ。浮かび上がってきたのは「これまではどちらかというと、知識教育に終始し、訓練を含めた技能実習が十分とはいえなかった」という反省だ。

■実践的な技能教育を重視
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つまり、これまでは現場で習得した技能をなかなか活用できず、十分な教育効果を発揮することができなかったのではないか、とする総括だ。このため、新たな学校方針には、実践的な教育訓練を繰り返し行うことを通じて、「ものづくりを教えることのできる人材を育成する」ことを掲げ、人材育成は ①教育訓練の中で達成感を味わい、やる気、やる腕のある人に育てる ②リーダーシップを発揮し、職場力向上を図れる人に育てる ③従業員に達成感を与え、活力のある職場をつくり出す、の手順に従って進めていくことにした。※図はクリックで拡大します。

その上で、教育期間は6カ月間の全寮制とし、人員は30歳前後の技能職社員を対象に6~7人を予定。教育内容は、座学の「ものづくりの基礎知識」をはじめ、実技の「ものづくりの基礎技能―カイゼン方法」、「実技訓練設備およびラインを使った教育訓練」など、「ものづくりを教える事のできる人材育成を目指した教育」(6カ月間)=別表=という形に体系化された。そればかりか、同社関係担当部門の全面的な協力を得て、一部教科を除き、教科書、講師陣など人材教育に関わるほとんど全てを自前で整えるという"独自性"も見逃せない。

■職場から切り離す目的で全寮制に

中でも、全寮制の導入には、職場から受講生を切り離して人材教育に集中させる狙いがあった。「職場から通うとなれば、受講生も職場もどうしても人情的に甘くなりがちです。例えば、職場からちょっと手伝ってくれないかといわれれば、受講生も断り切れませんよね。それを断ち切る意味から全寮制を導入したわけです。卒業して職場に戻ったら、その分、受講生には頑張ってもらうことにしました」と、その意図をきっぱり言い切る森さん。また、教科書や講師陣をほとんど自前で揃えることができたのは、プログラムづくりを個人単位ではなく、担当部門単位に依頼したからだという。「もちろん、そこには各担当部門の協力と蓄積がありました。もともと当社は材料段階から製品を作っています。そのため、ものづくりの基本的な知識やノウハウなどはかなり蓄積されていますからね」と、藤井さん。

もっとも、実際の人材教育はなかなか想定通りにいかない面も。これも、その一つか。「受講生に『機械はどんな要素から成り立っているか』と聞いたことがあります。でも、ほとんどの受講生が答えられませんでした。確かに、中堅の技能者職社員でも、改めてそれを問われると、即座には答えられませんね。機械という漠としたところから考えるからです。機械は締結、駆動、電動、空圧、油圧の要素から成り立っているわけだから、それらを分解して考えればいいのですがね……」。知っているようでいて、意外と即座には答えられない現実を披歴する川合さん。実は、長年、インドネシアなど海外工場の現地社員教育を手がけてきた人材教育の専門家だ。だから、「受講生には常に、メモ帳を携帯するよう指導しています」。

■『ABC』に秩父神社の「お元気三猿」
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「私たち製造業に携わる者には『ABC』という言葉があります。ご存知ですか。『A』は当たり前のこと。『B』はバカにしないで。『C』はちゃんとやるということです。で、『ABC』とは、当たり前のことをバカにしないでちゃんとやるということです」。製造現場一筋で技能に磨いてきた藤井さん。ものづくりに携わる人間の基本的な心構えを『ABC』という言葉で例える。とかく、日常に流されて見失いがちな初心や志……。改めて、『ABC』という言葉がそれを想起させようか。

もう一つ。毎年、12月の「秩父夜祭り」で有名な埼玉県の秩父神社。「日光東照宮の左甚五郎作の『見ざる、聞かざる、いわざる』の三猿は全国的に有名ですが、秩父神社にはそれとは逆の『お元気三猿』というのがあります。社殿に彫刻してある『よく見て、よく聞いて、よく話す』の"お元気三猿"のことです。ものづくりを志している若い人にはぜひ、『日光の三猿』のようにはならないで下さい。なってもらいたいのは、秩父神社の『お元気三猿』です。秩父神社の『お元気三猿』には、ものづくりに取り組む基本が詰まっています」。

■卒業生の"教える力"強化も

この7月には今春の東日本大震災を乗り越えて6人の中堅技能職社員が卒業した。一期生の7人を加えると卒業生は13人。今秋には、まもなく三期生を迎える。「目指す競争力強化への企業体質には、まだ卒業生の数は点から線の段階です。でも、これからも線から面へと、ものづくりを教えることのできる人材を育成していきます。で、卒業生が全体の中で面へと拡大したら、強固な競争力のある企業体質になっていますね」。ものづくり学校に寄せる期待が"大"の森さん。そして、卒業生対策にも思いを馳せる。すでに、各工場単位で卒業生に改善テーマを与えるなどして、卒業生の"教える力"強化にも着手する方針だ。

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「とどまればあたりにふゆる蜻蛉(とんぼ)かな」(中村汀女)。俳人の石寒太さんは、自著の『「歳時記」の真実』で「神話の世界では、日本の国を豊秋津島(とよあきつしま)と呼んでいます。『秋津』とは、蜻蛉のことです。直訳すれば、蜻蛉の多い豊かな国。すなわち、日本は蜻蛉の国なのです」と書いている。森さんら日ピスものづくり学校の関係者(写真は中央に森さん、左に川合さん、右に藤井さん)も、こんな俳句のような世界に向かって日々努力を重ねているに違いない。人材育成に懸ける夢は広がるばかりだ。


日本ピストンリング
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(髙橋重夫社長)  http://www.npr.co.jp/index.html


本社は埼玉県さいたま市中央区本町東5-12-10。創業1931年4月、設立は1934年12月20日。資本金98億3,937万円。従業員641人(連結対象従業員2,485人)。
主な事業はエンジン機能部品である、ピストンリング、シリンダライナ、動弁機構部品をはじめとする国内外の自動車・陸舶エンジン用組付・補修部品の製造・販売。取引先はトヨタ、日産、本田技研工業など国内外自動車メーカー各社のほか、電機、重電、内燃機メーカー各社。

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『ものづくり紀行』口上

自動車部品産業は「ものを作る人々」によって成り立っています。国が認定した「現代の名工」をはじめ、技能オリンピックのメダリストも多数おられます。
そういう方々を訪ねて自動車部品という領域で「ものを作る人々」が持つ思いや、部品企業ならではの楽しさを知っていただく試みとして、不定期連載の形でインタビューをお届けします。
さすがに「京浜間」の物作る人々を活写したエッセイ集などを多数上梓しておられる小関智弘さんのようには参りませんが、なにとぞご一読のほど願い上げます。

 

INDEX

【31】桂山光弘氏 (アイシン・エィ・ダブリュ)

【30】太田雅也氏 (東海理化)

【29】佐藤輝夫氏(アスモ)

【28】匠道場「入江塾」(京浜精密)

【27】沖光和義氏(小島プレス工業)

【26】横堀吉晴氏(ミツバ)

【25】小室和春氏(日立AS)

【24】高橋信雄氏(アルプス電気)

【23】高橋伸尚氏(市光工業)

【22】小岡芳美氏(トヨタ紡織)

【21】田中幸孝氏(東海理化)

【20】ブレーキ博物館

【19】ジヤトコヘリテージコーナー

【18】稲吉喜一郎氏(ジェイテクト)

【17】倭将人氏(小島プレス工業)

【16】池田重晴氏(アイシン・エィ・ダブリュ)

【15】日ピスものづくり学校

【14】杉山良晴氏(日立AS)

【13】朝比輝男氏(ジェイテクト)

【12】三輪修氏(デンソー)

【11】安部良夫氏(デンソー)

【10】水野幸夫氏(豊田自動織機)

【09】中村誠次氏(豊田自動織機)

【08】秋山康夫氏(GKN)

【07】緒方栄一氏(プレス工業)

【06】佐藤賢修氏(デンソー)

【05】桂功氏(デンソー)

【04】杉浦悦夫氏(アイシン精機)

【03】都築數樹氏(アイシン精機)

【02】塚本高敏氏(アイシン精機)

【01】大橋正明氏(アイシン精機)