JAPIA ものづくり紀行

【第23回】高橋伸尚氏(金型製作・市光工業)

「失敗は恐れずではなく、許されない。許されるのはイメージの中だけです」

pht_no23_1.jpg第23回は、市光工業生産技術本部ツーリング部工機一課機械係係長の高橋伸尚(たかはし・のぶたか)さんです。高橋さんは群馬県出身の1975年2月生まれの38歳で、同社では放電加工技術の第一人者です。93年4月同社に入社、社内の教育訓練施設で2年間、ものづくりの基礎を学び、95年から同施設の指導員として新入社員など後進の育成に4年間従事。
99年金型製作部署に配属され、2009年から現職です。この間、機械加工特級技能士、仕上げ特級技能士など高度な技能検定資格を取得する一方、2009年秋には34歳の若さで「神奈川県優秀技能者表彰」を受賞されています。また、今春には自動車技術団体の機関誌にその“匠”ぶりも紹介されています。

■「向上心ですかね……」
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まだ30代にして、早くも技能検定の特級技能士資格を2つも取得し、併せて「神奈川県優秀技能者表彰」の栄誉も手にするなど、ものづくりの世界に着々と実績を積み重ねている。加えて、指先の鋭敏な感覚を駆使した卓越した技能で、ミクロン単位の金型仕上げ加工を実現するなど、“若き匠”との評価も。そんな一連の原動力が「向上心ですかね」というから、何ともシンプルだ。「金型製作に失敗は許されません。常に成功のイメージを描いてから加工に当っています」。今も、金型づくりに賭ける意欲は意気軒高だ。これからどんな新機軸を打ち立てていくか、その技能磨きにも一段と拍車がかかりそうだ。

出身は「群馬県藤岡市」という。古くから養蚕をはじめ、製糸業の盛んなところで、ものづくりの気風に富んだ土地柄だ。養蚕改良「高山社」創始者の高山長五郎、江戸時代の数学者関孝和、零式艦上戦闘機の設計主任など日本を代表する

航空技術者の堀越二郎らも、同市出身だ。2013年夏に公開された宮崎駿監督のアニメーション映画「風たちぬ」は、その堀越二郎を主人公として描かれている作品だ。

そんな環境に生まれ育ったせいか、ものづくりの世界にはすんなり進んだという。「現在、父は造園の仕事に就いていますが、それ以前は私と同じようにものづくりの世界で働いていました」。典型的な親子二代のものづくり家系だ。だからか、高校は自然と工業高校に進学、卒業後は「ものづくりの世界に」と人生設計を描いていた。また、高校卒業後の就職先に市光工業を選んだのは、同社の藤岡製造所が市内に立地していて、「子どもの頃から馴染みが深かった」からだ。1993年4月、同社に入社、ものづくり人生の舞台は神奈川県伊勢原市へ。

■ものづくり人生の原点は教育訓練施設に
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神奈川県のほぼ中央部に位置する伊勢原市。関東百名山の1つで、“大山詣で”で親しまれている大山が、標高1252メートルのピラミッド型の美しい山容を広げるところとしても有名だ。1960年代半ば頃までは県下でも有数な農業地帯だった。晩秋には「山寒し心の底や水の月」(松尾芭蕉)のような世界も。その上に、県下では鎌倉市に次ぐ史跡の宝庫ともいわれる。市光工業はそんな同市に62年7月、伊勢原製造所を開設。現在は本社やテクニカルセンターなども併設する。自動車用ランプやミラーなどでは、国内では高いシェアを占める専門メーカーとして知られる。

「ここが私のものづくりの原点です」。伊勢原製造所の一角に設けられている教育訓練施設だ。現在、その教育訓練施設は使われていないが、同施設内は往時のままだ。各種工作機械をはじめ、作業テーブル、ヤスリなど各種工具類を収納する書架式の棚、新入社員らが製作した作品などを保管するケース棚などが残されていて、今にも新入社員らの歓声や機械、工具などの操作音などが聞こえてきそうな雰囲気があるから不思議だ。

「これですよ」。突然、ケース棚の中から取り出したほぼ正方形の作品。大きさは手のひらの中に収まりそうで、縦横1.5センチほどの鉄製の作品だ。その中には、球状に削られたリンクが入っている。それをひょいと指先に摘まんで見せた。「このリンクは絶対に外には出ないよう作られています。それがこの作品のポイントです」。

話す言葉にもどこか、懐かしそうな響きもある。

■いきなりヤスリを持たされて

新入社員教育はこの教育訓練施設を中心に行われた。同期生は12人。全体では50人くらいだったという。期間は入社から2年間だ。実習や座学を中心にものづくりの基礎を学んだ。第一印象は「プロの世界は全然、違うな」だった。今も、鮮烈に蘇ってくるという。「いきなりヤスリを持たされ、訳も分からずに鉄を削る訓練でしたね。でも、寸法通りに鉄を削ることができなくて、自分の未熟さに歯痒さを覚えましたよ」。が、ものづくりにはそれなりの自信を持っていただけに、そのショックは大きかった。

「何しろ、当時の私のレベルでは全く通用しませんでしたからね」。新入社員教育の早々から全くの脱帽の体だったという。そのうちに自身への怒りすら覚えた。そんな連続の中で、生来からの「向上心とか、負けん気に火が点きましてね」。やがて、連日のようにヤスリで鉄を削る練習に明け暮れる自分を発見した。「不思議なものですね。ヤスリで鉄を削ることが上手になってくるに従って、感覚というか、コツというものが自然と備わってくるんですね。すると、面白くなってきましてね。余裕が出てきたせいか、モノをよく考えるようになっていました。それも自然と身についていましたからね」。また、作業前には必ず、全体を見通した上で、成功へのイメージを描いてから加工に当たる習慣も身につけていた。金型づくりの上からも、その効用は極めて“大”だったという。

■「後輩の指導に当たってくれないか」
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入社1年目で技能検定の3級技能士資格試験に合格、技能磨きの上で自信がついてきた。徐々に新入社員の間で頭角を現した。2年間の教育訓練が修了した。期間中の成績が優秀だったのか、会社から思わぬ声がかかった。「後輩の指導に当たってくれないか」。後輩の新入社員を教育する「指導員」への抜擢だ。これまでの指導されることから今度は指導する立場に。指導員生活はそれから4年間続いた。「この6年間は本当に貴重な経験でした。私のものづくりの原点を築いてくれましたからね」。この間、近くの大山には、教育訓練生、指導員時代を通して心身の鍛練などを兼ねて何度も登山したという。大山も、ものづくり人生の中で思い出深い山の1つだ。

99年春、満を持して金型製作部門に異動した。金型は大きく分けて設計、機械加工、仕上げの3つの工程からなり、完成までには約2カ月はかかるという。担当は機械加工のうちの「放電加工」だ。「前工程ではできない形状を電極を用いてつくり出す大事な工程です」。「機械用語大辞典」(実践教育訓練研究協会編)で補足するなら、「絶縁性を有する液体中で電極と工作物の間にアーク放電を発生させ、その熱を利用して工作物を溶融、除去する熱加工」の1つだ。

■放電加工の改善にも乗り出す

ただ、そこには課題が山積していた。「加工に時間がかかる上に、どのくらいの時間がかかるのか、といった先が読めない課題が待っていました」から、持ち前の「なんとかならないか」の向上心が頭をもたげてきたという。このため、日常業務の傍ら、構造、形状、加工方法など、根本から問題点を洗い出し、放電加工の改善に力を注いだ。その上で、それらをベースに大幅な時間短縮、加工時間の見える化に向けた改善策のシナリオを練り上げた。そんな中で、役立ったのは、新入社員時代の教育訓練で身につけた習慣の「モノをよく考える」「作業は成功に向けたイメージを描いた上で」の2点だった。この結果、放電加工時間は、従来の5分の1にまで時間を短縮させる“成果”を上げることができた。

また、精密な光学設計を支える金型づくりの最終仕上げ加工は現在でもなお、人間の手加工が不可欠だ。例えば、数百メートル先の路面に光を正確に照射することが求められる「ヘッドランプリフレクタ」。その金型づくりには極めて高度な仕上げ加工が要求される。「鏡面を計算通りに均一に仕上げなければ対向車を幻惑させかねない恐れがありますからね」。だから、現在でも精密な鏡面に仕上げるには熟練技能者の手加工が欠かせない。このため、日常的にも、常に指先の感覚を研ぎ澄ませる努力を怠らないとも。

■いわゆる“心の伝承”にも

金型は削り過ぎたら、使えないという。さらに、「数値や理論で考えれば、上手くいくはずだが、理論や計算通りにいかないことが多いのも事実です」。そこに、金型加工の難しさがあろうか。その上で「もちろん、抑えるところはきっちり抑えた上ですが、経験値とか、ひらめきとかなどを動員して、絶えず段取りなどを含めた工法の改善策を考えています。でも、実際に新しいことを試みる時は、失敗は恐れずではなく、許されない。許されるのはイメージの中だけです」。常に、頭の中にあるのは“成功”の二文字だ。


今年でものづくりと取り組んでから20年。「技術や技能は『見える化』すれば伝承できますが、ものづくりに取り組む時の姿勢や思いなどはどうでしょうか。これも、ものづくりには大切なことの1つですよね」。ものづくりの世界にも新世代の台頭が著しい。それだけに、技能の伝承とともに、いわゆる“心の伝承”にも着目している一人だ。

「もう群馬よりも、こっち(伊勢原)の生活の方が長くなりました」。感慨深げな表情を浮かべる。これまでは、あっという間のものづくり人生だったかもしれない。そういえば、季節は秋。伊勢原市特産品の「大山豆腐」の季節でもある。その大山豆腐は、丹沢水系の良質な水で作られていることも“売り”の1つだ。「新豆腐よき水を生む山ばかり」(藤田湘子)。ものづくり人生もいよいよ本格展開の季節を迎えようとしている。

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『ものづくり紀行』口上

自動車部品産業は「ものを作る人々」によって成り立っています。国が認定した「現代の名工」をはじめ、技能オリンピックのメダリストも多数おられます。
そういう方々を訪ねて自動車部品という領域で「ものを作る人々」が持つ思いや、部品企業ならではの楽しさを知っていただく試みとして、不定期連載の形でインタビューをお届けします。
さすがに「京浜間」の物作る人々を活写したエッセイ集などを多数上梓しておられる小関智弘さんのようには参りませんが、なにとぞご一読のほど願い上げます。

 

INDEX

【31】桂山光弘氏 (アイシンAW)

【30】太田雅也氏 (東海理化)

【29】佐藤輝夫氏(アスモ)

【28】匠道場「入江塾」(京浜精密)

【27】沖光和義氏(小島プレス工業)

【26】横堀吉晴氏(ミツバ)

【25】小室和春氏(日立AS)

【24】高橋信雄氏(アルプス電気)

【23】高橋伸尚氏(市光工業)

【22】小岡芳美氏(トヨタ紡織)

【21】田中幸孝氏(東海理化)

【20】ブレーキ博物館

【19】ジヤトコヘリテージコーナー

【18】稲吉喜一郎氏(ジェイテクト)

【17】倭将人氏(小島プレス工業)

【16】池田重晴氏(AISIN AW)

【15】日ピスものづくり学校

【14】杉山良晴氏(日立AS)

【13】朝比輝男氏(ジェイテクト)

【12】三輪修氏(デンソー)

【11】安部良夫氏(デンソー)

【10】水野幸夫氏(豊田自動織機)

【09】中村誠次氏(豊田自動織機)

【08】秋山康夫氏(GKN)

【07】緒方栄一氏(プレス工業)

【06】佐藤賢修氏(デンソー)

【05】桂功氏(デンソー)

【04】杉浦悦夫氏(アイシン精機)

【03】都築數樹氏(アイシン精機)

【02】塚本高敏氏(アイシン精機)

【01】大橋正明氏(アイシン精機)