JAPIA ものづくり紀行

【第29回】佐藤輝夫氏
(金属プレス加工工・アスモ)

「会社の先輩や同僚から多くのチャンスを頂いたからです」

pht_no29_0.jpg第29回は、アスモ製造部・部品工場 工場技術課主任部員の佐藤輝夫(さとう・てるお)さんです。佐藤さんは岡山県出身の1960年8月 生まれの54歳で、金属プレス加工分野では同社の第一人者です。76 年4月日本電装(現デンソー)工業学園技能訓練生として入社、79年 3月同学園卒業、同年4月グループ会社アスモに出向、80年3月同社 金属プレス加工部門に配属、94年2月米国駐在員として米工場建設に 参画、98年1月帰国、金属プレス加工部門に復帰、99年1月チーフ プレス加工エキスパートなどを経て、14年1月から現職です。この間、 治工具仕上げ2級技能士、金属プレス加工2級技能士、同1級技能士など各種技能検定資格を取得する一方、2010年度の静岡県優秀技能者功労表彰、14年11月に同年度の「現代の名工」に認定されています。同社にとっては5人目の「現代の名工」です。

■今も“ものづくり三昧"の日々が続いている…
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 あっという間のことだったろうか。小型モータの部品加工を中心に金属プレス加工一筋に打ち込んで35年。昨年秋には、同分野に打ち立てた差厚絞り工法、積層打ち抜き工法など一連の新加工法が高く評価され、「現代の名工」に輝いた。「会社の先輩や同僚らから数多くのチャンスを頂いたからです。それが一番大きかったと思っています」。その喜びも、謙虚な人柄がそのまま言葉に表れていた。浮かんでくるのは「実るほど頭を垂れる稲穂かな」(詠み人知らず)の句境のような世界でもある。そんな人柄も加わり、今春、本社工場の一角に開設した「プレス塾」の指導者に選ばれ、「常に頭の中にあるのは、どれだけ現場に密着した技能を後輩の皆さんに伝えることができるかです」と後進の育成にも一段と磨きがかかりそうである。今も、本業に後進の育成にと“ものづくり三昧"の日々が続いている。

 “15の春"は、人は誰も何かと悩ましい季節でもある。就職するにせよ、進学するにせよ、人生の初めての選択を迫られるからか。佐藤さんも“15の春"に思い悩んだ1人という。「私の頃はまだ、岡山県内か、広島県の企業に就職するのが一般的でしてね。でも、それじゃという反発心も生まれて、就職先をどこにするかで迷いましてね」。少年時代固有の反発心が頭をもたげていて、就職先を決めかねていた。

■ものづくり人生に、と背中を押した『うちの会社に来ないか』

 そこへ、思わぬところから声がかかった。「うちの会社に来ないか」。声の主は従兄である。

従兄は中学校を卒業後、愛知県の日本電装(現デンソー)工業学園の技能訓練生として入社、3年間の技能訓練課程を修め、ものづくり人生を歩んでいた。当時、従兄はたまたま帰省していて、「家族から私のことを聞いたのかもしれませんね」。そんなことからか、佐藤さんに声をかけてきた。

 従兄が話すには、技能訓練生の待遇は「勉強ができ、仕事を身につけることができる上に給料も頂ける」という。佐藤さんには「魅力的な待遇だったですね」。そして、何よりも心強かったのは、従兄が勤める会社ということだった。〽雪が溶けて川になって、で始まる女性3人組のアイドルグループ「キャンディーズ」の歌った「春一番」(作詞穂口雄右)がラジオなどから流れ始めた1976年春のことである。

 もちろん、子どもの頃からものを作るのが大好きな気質だったという。というのも、生まれ育った頃には身近にオモチャなどはなく、「物心ついた頃から自分でオモチャを作って、遊んでいました」から、自然とものを作るのが好きな気質を育んでいったという。どことなく、「必要は発明の母」のような世界に似ていなくもない。そのせいか、小中学校時代は図画工作が得意科目の1つだった。

 やがて、年齢を重ねていくうちに「大人になったら、ものを作る世界に進みたい」と自身の人生設計を描くようになっていた。そんな背中をどんと押したのが、ほかならぬ従兄の「うちの会社に来ないか」の一言だったかもしれない。そして、日本電装の入社試験に臨んだ。合格した。

 76年4月、日本電装工業学園の技能訓練生として晴れて入社、ものづくり人生のスタートを切った。同期は全国から58人集まっていた。訓練生は卒業後、各職場の「ものづくりを支える技能集団」のリーダーとして活躍することを目標に、ものづくりの学識や実技などを3年間かけて学んでいく。その基本には①学科②実技③心身教育の3点が据えられ、学科は数学、英語などの一般科目に加え、品質管理などの専門科目も含まれた。実技はヤスリ仕上げをはじめ、金属加工の基礎や精神感覚を身につけ、各種制御機器を用いた小型ユニットの製作、小型設備の設計、各部品製作など実践的な技能習得にも力を入れていた。

■小型モータの部品加工に取り組む
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 79年3月、3年間の技能訓練課程を修め、同学園を卒業。同年4月、静岡県湖西市の関連会社アスモに出向。80年3月には同社金属プレス加工部門に配属され、以来、小型モータの部品加工を中心に金属プレス加工一筋に取り組み、35年の年輪を刻んだ。その金属プレス加工は「プレス機械などを用いた塑性加工法で、高効率で均一な製品を生産する方法。使用素材は金属の板材がほとんどで、棒材を切断してプレス型内で成形する冷間鍛造も含まれる。プレス機械を使用するため、広義のプレス加工の範疇(はんちゅう)に入る。加工法にはせん断(抜き)、曲げ、絞りがあり、フランジ成形も含まれる。加工は主に冷間(室温)で行われ、加工力が大きく、加工限界も厳しいが、加工精度は高い。そのため、素材、プレス機械、型に対する要求精度が高く、高度な技術が要求される」(『プレス成形技術・用語ハンドブック』=日本金属プレス工業協会編)といわれる世界である。

 その中の小型モータのヨーク(胴の部分)を中心とした部品加工を担当した。具体的には、板状素材の板厚とほぼ同じ厚さに成形されたマグネット装着部を有する円筒部と、同装着部の厚さよりも薄く成形された底部、開口部、肩部からなるその他部分とを備える小型モータのヨーク加工で、指先の感触を含めた高度な技能に加え、広範な技術などが求められている分野だ。このため、日常業務の傍ら、治工具仕上げ2級技能士をはじめ、金属プレス加工2級、同1級技能士など各種技能検定資格を次々と取得するなど、体系的な技能レベルの向上にも取り組んだ。また、プレス機械の動きを確実に把握した上で、加工技能の向上に力を注いだ。

■“指先の感触"など技能磨きに拍車かかる

 とくに、指先の感触に関わる技能磨きにも力を入れた。「実際に加工した部分を何度も手で触り、その感触をしっかり身体で覚えるように繰り返しました」。そして、何度も加工条件を変えながら加工を試みたという。「やはり、ものづくりには自分で確かめてみるということが一番大切です。そんな経験を繰り返することで技能が磨かれていきます。随分前のことですが、自分で加工した部品をかき集めて検証したこともあるくらいです。それが技能を磨く上で良い経験にもなっています」。技能磨きへの揺るぎない思いが伝わってくる具体例の1つだ。

 加えて、海外工場の立ち上げに参画したことも「技能を磨く上で大いに役立ちました」と振り返ることを忘れない。「ものづくりを全体的な視野から捉える習慣が身についたのは、海外工場の立ち上げに参画したからです。それは技能磨きを含めて、ものづくりに取り組む上で大きな収穫になりました」。とりわけ、米国工場の立ち上げには、94年2月から駐在員としてオペレーターの育成を含めて参画した1人だ。ものづくり人生の上で貴重な経験を積み重ねた思いが強いとも。その後、インドネシア、中国、韓国、インドの各工場の立ち上げに加わり、ものづくりを全体的な視野から捉える習慣をしっかり身につけたという。

■地道な努力が新加工法の開発にも結実
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 そんな地道な努力が金属プレス加工分野の新加工法の開発、考案へと実を結んでいく。自身の技能者としての評価を飛躍的に高める“原動力"にもなった。中でも、2006年4月に特許登録した「回転電機のヨークとその製造方法」を支えた「差厚絞り工法」の開発、考案はその1つでもある。一般的にモータヨーク(回転電機の胴部分)はこれまで、モータの磁気特性を向上させる狙いからそのマグネット装着部の板厚を厚くしていた。その方法の1つに同装着部の磁気特性上に必要な板厚と同じ厚さの板材にヨークを成形加工する製造法を採用していた。

 ただ、厚肉の素材を使用することから、マグネット装着部以外のその他の部分でも厚肉化され、ヨーク全体の重量が増え、モータの軽量化の面から新たな問題を突きつけてきた。このため、これまでは、ヨークのマグネット装着部のヨーク筒部にリング状に加工した別部品をかぶせる方法を用いた。

 まず、薄肉板材に所定形状のヨーク円筒部を成形した。あらかじめ作られたヨーク円筒部の外径と等しい内径を有し、ヨーク円筒部のマグネット装着部と同じ高さの鉄製リング状別部品をヨーク筒部の外周面に覆うように取り付け、同装着部の磁気特性上の板厚が増厚される。それにはマグネット装着部を含むヨーク筒部の板厚を厚くする増厚絞り加工法を採用した。ところが、同方法ではマグネット装着部の板厚を磁気特性上から板材板厚の2倍または2倍以上に増加できるものの、ヨークは新たに2部品増え、部品点数が多くなった。しかも、2部品の組み付けが必要となり、モータのコストアップにも繋がった。その上に、2部品の製造精度が悪ければ2部品間に隙間が生じ、塗装が難しいことから、2部品間から腐食する恐れも出てくるなど、新たな問題が生まれてきた。

 加えて、同方法では増厚絞り加工によるマグネット装着部の板厚増加が、その圧縮加工のため限界が出てきて、素材板厚の1.3~1.5倍しか増えなかった。その結果、磁気特性上から期待される板厚増加にはならず、何回も圧縮加工が必要となり、加工工程やヨークの成形工数も増加することになってしまった。

■課題克服の中から生まれた「差厚絞り工法」の考案
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 そこで、これらの課題を克服した上で、容易に成形加工ができ、製造コストの低減に結びつく製造方法をどう実現するか――。その手段として、板状素材を多段階でプレス加工することにより、一端が開口する有底筒状に成形され、筒部の内側面にマグネットを装着するための同装着部が設けられ、底部中央に軸受け収容部が備えてある回転機器のヨークを想定、同装着部が所定の厚さに厚肉成形され、肉厚成形された部分以外はその板厚が同装着部のそれの約2分の1以下となるよう薄肉成形する、などを柱とする新加工法「差厚絞り工法」の開発、考案へと結実し、実現した。その発想の原点は、切花を挿す“花瓶"がヒントになったという。

 「ものづくりには新しいものを作ったり、工夫を凝らして課題を克服したりするなど、何かを成し遂げた時の達成感というものがありましてね。それが何ともいえぬ喜びです。ものづくりという仕事の大きな魅力の1つです」。そこにはやりがいとか、達成感など、ものづくりならではの、一種の“醍醐味"があるのかもしれない。

 その上で「やはり、(ものづくりは)継続は力なりですね」。今も、ものづくりの第一線で活躍している佐藤さんの座右の銘だという。これまでのものづくり人生の中から育んできた自身の“ものづくり論"のようにも聞こえてくる。「ものづくりを続けてきて良かったと思っています。途中で投げ出したりしたら、ものづくりの魅力を味わうことができませんでしたからね。できれば、そんなことも後輩の皆さんに伝えることができればと思っています。そして、少しでも技能力が高まっていくよう応援したいですね」。後進の育成にも温かい人柄が伝わってこようか。「名言に一日鼓舞さる桐の花」(田川飛旅子)。

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『ものづくり紀行』口上

自動車部品産業は「ものを作る人々」によって成り立っています。国が認定した「現代の名工」をはじめ、技能オリンピックのメダリストも多数おられます。
そういう方々を訪ねて自動車部品という領域で「ものを作る人々」が持つ思いや、部品企業ならではの楽しさを知っていただく試みとして、不定期連載の形でインタビューをお届けします。
さすがに「京浜間」の物作る人々を活写したエッセイ集などを多数上梓しておられる小関智弘さんのようには参りませんが、なにとぞご一読のほど願い上げます。

 

INDEX

【31】桂山光弘氏 (アイシンAW)

【30】太田雅也氏 (東海理化)

【29】佐藤輝夫氏(アスモ)

【28】匠道場「入江塾」(京浜精密)

【27】沖光和義氏(小島プレス工業)

【26】横堀吉晴氏(ミツバ)

【25】小室和春氏(日立AS)

【24】高橋信雄氏(アルプス電気)

【23】高橋伸尚氏(市光工業)

【22】小岡芳美氏(トヨタ紡織)

【21】田中幸孝氏(東海理化)

【20】ブレーキ博物館

【19】ジヤトコヘリテージコーナー

【18】稲吉喜一郎氏(ジェイテクト)

【17】倭将人氏(小島プレス工業)

【16】池田重晴氏(AISIN AW)

【15】日ピスものづくり学校

【14】杉山良晴氏(日立AS)

【13】朝比輝男氏(ジェイテクト)

【12】三輪修氏(デンソー)

【11】安部良夫氏(デンソー)

【10】水野幸夫氏(豊田自動織機)

【09】中村誠次氏(豊田自動織機)

【08】秋山康夫氏(GKN)

【07】緒方栄一氏(プレス工業)

【06】佐藤賢修氏(デンソー)

【05】桂功氏(デンソー)

【04】杉浦悦夫氏(アイシン精機)

【03】都築數樹氏(アイシン精機)

【02】塚本高敏氏(アイシン精機)

【01】大橋正明氏(アイシン精機)