【第2回】 塚本高敏氏(機械加工・アイシン精機)
好みとて老いを敬ふふかし藷
第2回は、アイシン開発新規事業準備室室長の塚本高敏(つかもと・たかとし)さんです。1948年12月生まれの59歳。塚本さんは64年に愛知工業(現アイシン精機)技能者養成所に入所、67年から工機工場を中心に機械加工に従事。以来、小物部品から金型まで幅広い機械加工の改善に取り組み、新製品のものづくりなどを担当してこられました。2002年にアイシン精機本社さわやかふれあいセンター副センター長に就き、2008年1月からアイシン開発に出向、現職。この間、特級技能士をはじめ、各種資格を取得される一方、社内外の若手技術者の育成にも力を注ぎ、2005年度には「現代の名工」を受賞するなど、多彩な経歴の持ち主です。その塚本さんからは2回にわたってお話を伺いましたが、根っからの"ものづくり大好き人間"のようにお見受けしました。
■「なにか技術を身につけろ」の父親の言葉で技術者に
地形の模型やカセットテープ、さらに患者の症状に応じて薬、器具などを詰め込んだ医者の往診カバンなど、さまざまな身近なものをヒントに治具、装置を改善、考案したり、個々の固有技能を集めた「匠の作品」づくりを立ち上げたりと、ものづくりの現場に数々の業績を残した塚本高敏さん。2005年度にはそれらの功績が高く評価され、「現代の名工」を受賞、ものづくり人生に花を添えた。どこか、米大リーグで数多くの記録を更新し続けているイチロー選手に似た求道者的の雰囲気もある塚本さん。
塚本さんがものづくりの世界に進んだのは戦前、豊田自動織機で旋盤を繰っていた父親の影響が大きかった。「父は現在、農業をしていますが、若い頃は特殊技能を持った旋盤工だったそうです」。塚本さんの父上はさきの大戦で応召したものの、特に高い「特殊技能」を持っていたことで現役を解かれ、帰国したという。その父親から「何か、技術を身につけろ」と勧められ、愛知工業(現アイシン精機)の技能者養成所の門を叩いた。“15の春”の決断だった。64年の東京オリンピックの年だ。
この年、技能者養成所には同期生26人が入所した。3年間、一般教養の座学をはじめ、金属加工の基本知識、技能など、ものづくりのイロハをみっちり学んだ。先生は大学の工学部を卒業した会社の先輩と現場の監督者ら。「厳しかったですよ。しかし、ものづくりの魅力を教わったことが良かったですね。それは日々変わる生産現場のものづくりの楽しさです」。その中には、塚本さんには「人の倍は努力を重ねた」という自負もある。
養成所を卒業後、配属されたのは工機工場の旋盤部門。提案活動が盛んな職場だった。目標を「旋盤を自分の思い通りに使いこなす」ことに置いた。刃具はチップ(刃先)が折れるまで使い込み、自分を高めるための対策も考えたという。そのうえで「同じ失敗を繰り返すな」と肝に命じた。もちろん、失敗や苦い経験も1つや2つ。塚本さんが月給1万5000円くらいの頃に材料代が1万円もかかる製品に不良品を出したことがある。若かったとはいえ、職場にはいられないほどの恥ずかしさに襲われたという。長いものづくり人生の中で忘れられないことの1つようだ。「仕事をする前に集中する」。それが、その時の教訓だ。
■自信作・両面加工が可能な「多工程切削用治具」

中でも、1993年に考案した「自動車ブレーキ部品の多工程切削加工用治具の考案」は自信作の1つ。ヒントは「カセットテープは反転するだけで両面の曲が聴ける」という身近なところからだった。それをヒントに試行錯誤を繰り返しながら、1つの治具を反転するだけで表裏の両面加工が可能な「多工程切削用治具」(図1を参照)を考案した。塚本さんは「1回の工程で全てをやってしまうのがミソです」と説明する。
1台の車には前後左右に合わせて4個のブレーキが装着され、ブレーキは油圧によって作動するシリンダーを内蔵する。シリンダーの生産は多品種少量の典型で、93年当時、一種類月平均300個だった。その加工過程で、NC(数値制御)旋盤の工程がネックとなっていた。 当時(図2を参照)、第1工程(表)をイケール治具で加工し、第1ロット加工終了後に第2工程(裏)の段取りを行っていたが、アーバー治具で反対側を加工する段取り替え工数と部品脱着工数とに無駄が発生していた。この無駄を解消したのが、塚本さんが考案した「多工程切削加工用治具」だった。
ただ、難点もあった。この治具には歪みによる精度確保が不可能とされていたからだ。そこで、治具製造時に焼き入れ、歪み取り工程を加えることで、外周真円度0.02(従来0.1)、真直度0.01(同0.07)までに治具精度を向上させた。その結果、段取り工数1回当たり30分、部品脱着工数1個当たり0.2分低減するなど、飛躍的な改善効果を上げたのだ。
■若者への技能伝承を目的に「匠の作品」づくり
その一方で、技術や技能の伝承にも力を注いだ。若者への技能の伝承を目的にした「匠の作品」づくりも、その一つだ。年代物の車をはじめ、灯篭、兜など、日本古来の物をテーマに25点取り上げ、それぞれスケッチと必要技能を洗い出し、歪みなどを予測した上で同等の物の設計に着手したり、作り込む過程には若者に参加を呼びかけ、自らもNC(数値制御)旋盤のプログラムづくりなど、精密切削の技能伝承に力を注いだ。とりわけ、ハーレーダビットソン、F1レーシングカーなどのレストア(復元)活動は、若手技術者を交えて念入りに復元作業を進めた。作品の制作は85年~97年までの間、年2回のペースで行われ切削加工、きさげ、ヤスリ仕上げなどの技能を結集して完成させた。
これら「匠の作品」は、愛知技能プラザに展示され、来場者らに同社の技術レベルの高さを知らしめることになった。「いずれにしても、生産現場の技能や技術がしっかりしていなければ、良い製品は作れません」。塚本さんは2005年度に「現代の名工」を受賞した際に、関係者に寄せた1文でも、ものづくりの基本に触れることを忘れない。
「技能とは、技術者がやりたいと思う夢(製品)を、具体的な形に作り上げる技(能力)で、常に挑戦する心と失敗してもやり抜く根性が必要です」。
■障害者の国家技能検定取得を支援
そればかりか、少年少女にものづくりの楽しさを伝えたり、障害者の働きがい、生きがいに繋げようと、積極的に国家技能検定取得も支援した。2002年~2005年までに11人の技能士を障害者から誕生させた。「技能士の資格を取って、目を輝かせて喜ぶ障害者の方々の姿は印象的でした」。
「ものづくりの現場を離れて、現在は老人施設づくりを担当しています」。今年1月にアイシン精機から関連会社アイシン開発に出向、差し出された名刺には「新規事業準備室室長」と書かれてあった。アイシン開発が来年3月に大府市内に開業する住居型有料老人施設の責任者の立場にある。塚本さんは「先日も、ヘルパーの講習を受けてきて、お年寄りの介助を学んでいます。でも、難しいですね」。
今は介護の分野に取り組んでいるのも、「目を輝かせて喜ぶ人」へのそんな意識があったからか。ただ、ものづくりとはちょっと勝手が違うと、塚本さんは照れ笑いを浮かべた。とはいえ、「無駄を排除するトヨタの生産方式ではありませんが、スタッフと一緒になって日々改善を進めていきます。無駄を排除することは、働く人も、サービスを受ける人も、ともにそのメリットを享受できます。そこから生まれる余裕をサービスの向上に繋げていければと思っています」。
在宅であれ、施設であれ、さまざまな老いを見守り、支える介護の世界。年々、お年寄りへのケアには手がかかり、キメの細かいサービスが求められている介護の現場に、ものづくりの根本を見つめてきた視点をどう活かすか。江戸時代中期の山形・米沢藩主、上杉鷹山の「成せばなる、成さねばならぬ何事も。ならぬは人の成さぬなりけり」が、座右の銘の塚本さん。「長生きしてよかったと言える人生をご一緒に」。利用者に向けた施設運営のキーワードを中心に、早くも青写真を描き出している。
「好みとて 老いを敬ふ ふかし藷」(水原秋桜子)
お年寄りを囲んでふかし藷を頬張る、ほのぼのとした情景が伝わる句である。
塚本さんへの期待は大きい。
