【第7回】 緒方栄一氏(電気溶接・板金工 プレス工業)
ものづくりとは「改善していく姿勢を持ち続けることです」
第7回は、関東の企業から初めて「現代の名工」が登場します。ご登場願ったのは、プレス工業PPW(プレス工業ものづくり改革)推進部インストラクターの緒方栄一(おがた・えいいち)さんです。緒方さんは、愛媛県出身の1948年6月生まれの60歳で、電気溶接など自動車ボディーの組立仕上げなどの第一人者です。67年にプレス工業に入り、藤沢工場プレス車体課に配属され、70年に同工場組立二課、95年に同工場組立二課製造係長などを経て、2008年7月から現職。この間、神奈川県から1993年に同県の優秀技能者、2000年に卓越技能者(神奈川の名工)を受賞しています。そして、01年には文科省から創意工夫功労者として大臣表彰され、03年秋には厚労省の「現代の名工」に選ばれ、08年度春の褒章では黄綬褒章を受章されるなど、輝かしい実績の持ち主です。
■衰えをしらないイノベーション意欲
これまでの輝かしい功績の数々も、緒方栄一さんにとってはあくまでも通過点だったようだ。「寝起きの朝方とか、クルマを運転中に改善や考案のヒントがひらめきます」。現場発の積み重ねてきたイノベーション意欲はいまだ、衰えをしらない。物静かな言動に秘められたものづくりへの"熱い"思い。その原点は生まれ育った環境で体にしみこんだものづくりの面白さや楽しさ。さらには、どんな困難な課題にも挑戦していく「なにくそ魂」だったというから、根っからのものづくり大好き人間だ。
ものづくりを志すには、緒方さんの生まれ育った環境は格好の条件が揃っていた。実家は、祖父の代から造船業を営んでいた。出身は瀬戸内海に浮かぶ大小270の島を持つ愛媛県。古くから造船業の盛んな土地柄だ。石を載せて底板を反らしたり、蒸して曲げたり、底板と側板とをぴったり繋ぎ合わせたりーー。物心がついた頃から実際に船が造られていく工程を身近に接しながら育ったという。
「ものづくりの楽しさや面白さが自然と身についていました」。造船にも、ものづくりの基本的な考え方や技が詰まっていて、いわば「門前の小僧習わぬ経を読む」といったような実家だった。そんな環境のせいか、ものづくりへの興味が膨らんでいく。中学生の頃にはラジオを分解して修理したりすることに熱中、機械や電機関係などにも興味が広がったという。「高校は工業高校の電機科に進もうかと考えたこともありました」が、結局、地元の工業高校機械科に進学した。
■クルマの魅力にひかれて
「高校で知り合った仲の良い同級生がクラブ活動の自動車部に入っていましてね。そんな関係から軽免許(360cc以下の4輪、3輪、250cc以下の2輪)を取り、学校のテストコ―スでクルマを走らせて楽しんだこともあります」。緒方さんは、こうしてクルマの魅力に次第にひかれていく。平凡パンチ、コカコーラ、クルマが、当時の若者文化"三点セット"だったから、この頃から緒方さん自身は、おぼろげながらも卒業後の進路に自動車産業を選んでいたフシも。
高校の修学旅行では、栃木県の日光を中心に関東各地を巡り、神奈川県の江ノ島なども訪れたという。「関東の気風というか、雰囲気が気に入ったのか、就職先は関東の企業にしようと思いました」。だから、修学旅行から帰ってきて就職先に選んだのは、神奈川県川崎市のプレス工業だった。「学校にプレス工業の入社案内がきていました。その案内を読んだら、関東の企業で、しかも自動車産業だったので、プレス工業にお世話になろうと即断しました」。同期の新入社員は100人くらいだった。東北、九州、四国などを中心に全国から集まっていた。
■同期生は「負けたくない」
入社後、配属されたのは、藤沢工場プレス車体課。以来、一貫して緒方さんのものづくりのホームグランドになる藤沢工場だ。「工場が各地に点在していたから、同期生は各地の工場に散らばりました。ただ、他の工場の同期には、負けてはいけないと思いました」。緒方さんは、遠く離れた同期生にもライバル心を燃やしたという。
冬の晴れた日には丹沢の峰々を従えるように富士山がくっきりと目の前に広がる藤沢工場は1961年に稼働した。同社にとって、当時も最新鋭の主力工場だった。「私が勤め始めた頃は、周囲はまだ田園地帯でした」。現在も、4000トンサイドレール用プレス機、小型アクスル溶接組立ライン、小型アクスル機械加工ライン、小型アクスルユニット組立ラインなどを整える主力工場だ。
緒方さんは、藤沢市鵠沼の社員寮から通いながら電気溶接・板金工として自動車ボディーの組立仕上げ、サスペンション、リング、アクスルケース溶接組立などの製造に関わり、金属プレス加工や電気溶接の基礎技能を学んだのが、ものづくり人生のスタートだった。上司は一回り上の先輩。「人格的にも立派な方でした。この方にはいろいろと仕事のことを教わりました」。その上司から「(技能検定)受けてみないか」と勧められ、早くも入社2年目の69年7月に金属プレス加工の技能検定2級試験に初挑戦した。
■「いつか自分も」二十歳の誓いを立てる
「これです」。緒方さんが、技能研究センターの作業台に置かれたバケツを懐かしそうに手にした。一枚の鉄板からバケツを製作することが、技能検定の課題だった。「切ったり、曲げたり、縮めたり、ヒズミを除去したり、繋げたりしてバケツを製作していきます」。検定はその一連の作業を一つずつチェックし、合否が判定されたという。江戸時代、木工の腕を見るのに、二段式の踏み台、つまりゴミ箱付きの物を作らせたという。削り、刳(えぐ)り、その他木工に必要なあらゆる技術が、過不足なく身についていないときちんとしたものは仕上がらないからだそうだが、このバケツの制作も金属プレス加工の技能がひととおり身についていなければできないところがポイントなのだろう。もちろん、緒方さんは合格した。
69年、今度は神奈川県主催の「技能競技大会」にも出場、同県の優秀技能者賞に輝いた。その年の晩秋に開かれた県主催の「卓越技能者等(神奈川の名工)表彰式典」に優秀技能者の受賞者の一人として招かれた。そこで緒方さんは、その後の人生を決定づける、ある決意を固めた。晴れやかな舞台の上でスポットライトを浴びて知事から家族と一緒に表彰される「神奈川の名工」ら。「あの光景には感動しました」。今も、脳裏に鮮やかに浮かんでくる40年前の感動的なシーンだ。「いつか自分も」。その時、自身に課した"二十歳の誓い"だ。
改善や考案を通じて技能磨きに拍車をかけた緒方さん。工場のFA(自動化・省力化)化をはじめ、改善や考案などを通じて技能のレベルアップに力を注いだ。1996年、緒方さんは、藤沢工場のサークル活動を基本とする工場運営実務の改善を目指すPM活動の現場推進リーダーに就いた。工場内の各ラインの教育や、PM予防保全活動の先頭に立ち、設備故障の低減を図るなど、稼動率の向上に大きく貢献する一方、PM活動の基礎を社内的にも構築した。
■手扱い作業の廃止で新機軸
さらに、98年にはライン合理化改善プロジェクトのアクスルライン現場推進リーダーを務め、アクスル絞り板自動移載装置の製作など、改善の設計、施工調整、使用できるように仕上げていく玉成(ぎょくせい)を進め、難作業を改善し、工数の低減と省力化に成果を上げた。中でも、「アクスル絞り板自動移載装置」は、ケース各段にスペースを作る工夫と、それらを各段に敷き込み、合わせて別パレットに積み替える自動移載装置を考案し、製作したものだが、手扱い積み替え作業の廃止を実現した画期的な考案だとして、社内外から高い評価を得た一つだ。
多品種のプレス加工された素材は、1パレット(25枚×6段)に約150枚。一枚の重さは10~15キロ。一日3000枚の手扱い作業。通常、プレス加工品は油分、スケールなどが付着しているため、全数脱脂洗浄してから溶接組立ラインに支給された。しかし、パレット単位で洗浄するため、その洗浄残りやライン支給に向けた取り揃え作業などが手扱いのままだったことから、緒方さんは「製品は軽くても20キロはあります。腰を痛めるのを防止するためにも、手扱い作業の廃止が迫られていました」と、その着眼点を説明した。
■ついに31年目の秋に念願の「神奈川の名工」を受賞
そんな緒方さんの改善や考案は社内をはじめ、同業各社の間でも大きな関心を集め、「いつか自分も」の"二十歳の誓い"を立ててから31年目の02年秋、ついに念願の「神奈川の名工」受賞という形で結実。以来、文科省の創意工夫功労者として大臣表彰、さらには「現代の名工」に選ばれるなど、次々と技能者としての栄誉を手にした。「社歴を重ねると、改善や考案も職場全体に目を向けて考えるようになりましたね」と、振り返る緒方さん。改善や考案の着想が、視野をグーンと広げているのが分かる。
「野球の岩村選手をご存じですか」。緒方さんが、にこやかに切り出した。「同郷の愛媛県出身です」。どこか誇らしげである。今春の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、日本チームの2連覇に貢献した主力選手の一人だ。「その岩村選手が"なにくそ魂"といっているのをテレビで見ましてね」。緒方さんの座右の銘も、岩村選手と同じ「なにくそ魂」。
「岩村選手が誰から学んだかは知りませんが、私の場合は恩師からです」。その教えを胸に、ひたすら歩み続けた「現代の名工」への道。白球を追い続ける岩村選手とも重なる。昨秋、緒方さんは、秋田県立秋田工業高校の招きで在校生を前に「私の歩んできた道」をテーマに講演した。「テレビ番組の"ようこそ先輩"みたいなものです」と謙遜したが、緒方さんは講演の中で「改善の意識を持ち、会社に提案していく姿勢を持ち続けることが大切です」と持論を展開。次世代のものづくりを担う高校生らに「持続する姿勢の大切さ」を説いた。「チューリップ喜びだけが待っている」(細見綾子)。緒方さんらしいアドバイスだ。
